父親へのエール
歴史を振り返ると、「なんでこうなってしまったのだろうか」、とか「それまでにどうにかならなかったのだろうか」と思いめぐらす場面が少なくありません。
でも、その時代、その場面の歴史や状況について、詳しく勉強すると、「やはりそれは避けられなかったのか」という結論に至ることも多くあります。その一方で、「やはりなんとかなったのではないか」と今更ながらもどかしい思いをすることもあります。
何を言っても歴史は変わらないのですが、その結果として傷ついたり亡くなったりした人たちやつらい思いをした人たちが多くいて、それが現代にも影を落としているとしたら…。やはりどうにかしてほしかったという思いが強くなってくるものです。そんな風に考えることが、今の世の中を未来によりよくつなげていくためのひとつの訓練のようにも思えます。
そう思える前者の代表が、スペインによるインカ帝国の支配で、後者の代表が昭和のはじめの日本における軍部の台頭と15年戦争です。
そんな大きな話ではなくても、会社の経営とか、友達との関係とか、自分の人生とか…。身の回りのことでも同じようなことはあるのではないでしょうか。
つまり、「どうしてこんな風になってしまったのだろうか」「いつかの時点で、何とか修正できるチャンスはあったのではなかったか」と。
先日、ゴールデンウィークの一日を、親戚一同で集まって焼肉パーティをしたときのことです。兄夫婦には小5と小6の男の子がいて、なんでも面倒がる兄と、愛想はいいけど人の話をちゃんと聞かない弟という愛すべき甥坊なのですが、以前から気になっていることがあります。
「母子分離」
先日のパーティは兄の家族4人を含め、9人で集まったのですが、未成年はこの2人だけというシチュエーションでした。大人に囲まれた中での子ども2人だったわけですが、しばらく食事をして落ち着くと、長男が母親のひざまくらで横になったのです。
それを母親が拒むでもなく、父親がたしなめるでもなく、その4人以外は奇妙な空気に包まれました。年に何度か彼らに会う僕は、そのたびに小言を言い続けてきていたのですが、今回は静観していました。
仮に母親に母子分離に対する意識が小さく、教育力に乏しい場合、大きな役割を果たすことが期待されるのが父親です。
これまでも、彼らの成長を見る中で、家庭の教育力に疑問を抱くことは何度もあり、そのうちのいくつかの場面では、さしでがましいながら衷心から父親に問題の指摘と助言をしてきましたし、子どもを直接親の前で叱ることもありました。が、根本的な部分が改善されないまま今に至っています。なかなか理解が得られなかったのだろうと思います。
しかし、これから中学生・高校生になり、将来を自らで選んでいく「独り立ち」への重要なステップをふむ時期を迎えます。
一方で、自分とは何か、将来への不安など思春期の悩める時期に入ります。
これから5~6年、このまま年月だけが経っていくと、その結果どうなっていくのかという心配があります。元気で優しくいてくれればいいというのは親の共通した願いなのだと思いますが、とはいえ、やはりそれだけでないのも本音ではないでしょうか。
時間はいつの間にか経ってしまいます。今振り返っても、「どうしてこんな風になったんだろうか」と思ってしまい、「いまとなってはもう手遅れなのかもしれない」と思ってしまいます。
でも、数年後、目の前の状況を見てやはり「どうしてこんな風になったんだろうか」と思ってしまい、「いまとなってはもう手遅れだ」と思ってしまう未来予想図があるなら、現時点の「今」は、決して手遅れではないのではないでしょうか。
3歳の時にすべきだったこと、5歳の時にすべきだったこと、7歳の時にすべきだったこと、9歳の時にすべきだったこと…それができてなかったとしても、11歳に取り組むことは―決して楽な取り組みになるとは思いませんが―まだ可能ではないかと思うのです。
13歳、15歳、17歳、19歳になって、初めて取り組むことになることを考えると、まだまだチャンスはあります。
両親で取り組むことができれば、もっとよいのですが、それが望めないとしても、これから数年は「父親の勝負どころ」のように思います。
この記事に本人が気づく可能性は非常に低いですが、陰ながらエールを送りたいと思います。



