2012年5月 7日 (月)

父親へのエール

歴史を振り返ると、「なんでこうなってしまったのだろうか」、とか「それまでにどうにかならなかったのだろうか」と思いめぐらす場面が少なくありません。
でも、その時代、その場面の歴史や状況について、詳しく勉強すると、「やはりそれは避けられなかったのか」という結論に至ることも多くあります。その一方で、「やはりなんとかなったのではないか」と今更ながらもどかしい思いをすることもあります。
何を言っても歴史は変わらないのですが、その結果として傷ついたり亡くなったりした人たちやつらい思いをした人たちが多くいて、それが現代にも影を落としているとしたら…。やはりどうにかしてほしかったという思いが強くなってくるものです。そんな風に考えることが、今の世の中を未来によりよくつなげていくためのひとつの訓練のようにも思えます。
そう思える前者の代表が、スペインによるインカ帝国の支配で、後者の代表が昭和のはじめの日本における軍部の台頭と15年戦争です。

そんな大きな話ではなくても、会社の経営とか、友達との関係とか、自分の人生とか…。身の回りのことでも同じようなことはあるのではないでしょうか。
つまり、「どうしてこんな風になってしまったのだろうか」「いつかの時点で、何とか修正できるチャンスはあったのではなかったか」と。

先日、ゴールデンウィークの一日を、親戚一同で集まって焼肉パーティをしたときのことです。兄夫婦には小5と小6の男の子がいて、なんでも面倒がる兄と、愛想はいいけど人の話をちゃんと聞かない弟という愛すべき甥坊なのですが、以前から気になっていることがあります。
「母子分離」

先日のパーティは兄の家族4人を含め、9人で集まったのですが、未成年はこの2人だけというシチュエーションでした。大人に囲まれた中での子ども2人だったわけですが、しばらく食事をして落ち着くと、長男が母親のひざまくらで横になったのです。
それを母親が拒むでもなく、父親がたしなめるでもなく、その4人以外は奇妙な空気に包まれました。年に何度か彼らに会う僕は、そのたびに小言を言い続けてきていたのですが、今回は静観していました。

仮に母親に母子分離に対する意識が小さく、教育力に乏しい場合、大きな役割を果たすことが期待されるのが父親です。
これまでも、彼らの成長を見る中で、家庭の教育力に疑問を抱くことは何度もあり、そのうちのいくつかの場面では、さしでがましいながら衷心から父親に問題の指摘と助言をしてきましたし、子どもを直接親の前で叱ることもありました。が、根本的な部分が改善されないまま今に至っています。なかなか理解が得られなかったのだろうと思います。
しかし、これから中学生・高校生になり、将来を自らで選んでいく「独り立ち」への重要なステップをふむ時期を迎えます。
一方で、自分とは何か、将来への不安など思春期の悩める時期に入ります。
これから5~6年、このまま年月だけが経っていくと、その結果どうなっていくのかという心配があります。元気で優しくいてくれればいいというのは親の共通した願いなのだと思いますが、とはいえ、やはりそれだけでないのも本音ではないでしょうか。

時間はいつの間にか経ってしまいます。今振り返っても、「どうしてこんな風になったんだろうか」と思ってしまい、「いまとなってはもう手遅れなのかもしれない」と思ってしまいます。
でも、数年後、目の前の状況を見てやはり「どうしてこんな風になったんだろうか」と思ってしまい、「いまとなってはもう手遅れだ」と思ってしまう未来予想図があるなら、現時点の「今」は、決して手遅れではないのではないでしょうか。

3歳の時にすべきだったこと、5歳の時にすべきだったこと、7歳の時にすべきだったこと、9歳の時にすべきだったこと…それができてなかったとしても、11歳に取り組むことは―決して楽な取り組みになるとは思いませんが―まだ可能ではないかと思うのです。
13歳、15歳、17歳、19歳になって、初めて取り組むことになることを考えると、まだまだチャンスはあります。

両親で取り組むことができれば、もっとよいのですが、それが望めないとしても、これから数年は「父親の勝負どころ」のように思います。
この記事に本人が気づく可能性は非常に低いですが、陰ながらエールを送りたいと思います。

坂野潤治『日本近代史』(ちくま新書)

ここのところ、世界史をマクロに叙述した本を数冊読んでは読後のメモを残していましたが、今回は久しぶりに日本史です。

これも、実は東京に行ったときに、これまで読んできたマクニールやジャレド・ダイヤモンドや杉山正明さんの本と同じコーナーに平積みされていたものです。

東大で長く日本近代史の研究をされておられた著者には同時代についての多数の著作がありますが、不勉強な私は、20年ほど前に小学館の「大系日本の歴史 13 近代日本の出発」(小学館ライブラリーの文庫版として入手可能)くらいしか読んでいませんでした。今回の本は、日本の近代史を概観するもので、歴史を大きな視点から概観したいという私の最近のテーマにぴったりでもあり、購入しました。

さて、本書は新書のスタイルをとりながら、実に450ページを超える大著で、上下2巻に分かれてもおかしくない分量です。正直、お店で見たとき「太いなぁcoldsweats02」と読むのが大変そうで、気が引けたのですがcoldsweats01、幕末から戦前までの近代史を通史として描いたものはあまりないことと、著者の名前に惹かれて、読み進めました。読みごたえは、充分すぎるほどありますhappy01

まず目を引くのは、表紙に書かれた小文で、これは最後まで読めばわかりますが、「おわりに」の一部を引用したものです。
曰く「…復興は日本国民の一致した願いである。しかし、それを導くべき政治指導者たちは、ちょうど昭和10年代初頭のように、四分五裂化して小物化している。「国難」に直面すれば、必ず「明治維新」が起こり、「戦後改革」が起こるというのは、具体的な歴史分析を怠った、単なる楽観にすぎない…」

先走っていうと、氏は、近代史を概観し、その上で「おわりに」において3・11以後の現代日本の政治状況について述べています。また、本編の中で「明治維新」と「昭和維新」の共通点と相違点が描き出されます。
閉塞感の漂う現代でも、安易に「明治維新」に自らをなぞらえたような政治家の発言や政策名・提言名は「またか」、というくらいに転がっています。安易な比喩はやはり軽さをともなうように受け取られます。

具体的に本書の構成と概要については次の通りです。
日米修好通商条約締結の前年、1857年から叙述が始まり、1863年までが「改革」期、
1863年~1871年が「革命」期、
1871年~1880年までが「建設」期、
1880年~1893年が「運用」期、
1894年~1924年が「再編」期、
1924年~1937年が「危機」期
そして、1937年~1945年までを「崩壊」期と位置づけますが、「崩壊」期については、本書では述べられません。
「改革」期~「危機」期までの6期を各1章として叙述された6章構成となっていますが、時代区分は、すなわち氏の「時代を見る視点」を反映したものになっています。幕末維新期の著書であれば、ペリー来航または開国した1853年、1854年に記述の始まりを求めたいところですし、幕府が倒れ明治政府が発足した1868年、明治憲法や、議会が始まった年などをひとつの始期または到達点としてもよさそうですが、氏はそのような時代区分を採りません。1894年に日清戦争、1937年の日中戦争がひとつの区分点になるのは、素人目にも何となくわかりやすそうですが、ではなぜ1924年か、というのはなかなかピンと来ないのではないかと思います。しかし、本書を読み進めていくと、この時期区分に説得力があることがわかります。

幕末のキーパーソンを西郷隆盛とし、各勢力の動向を整理して幕末維新の政治史を概観していること。明治国家になってからも各時期における様々な勢力のせめぎあいを整理して叙述されていること。自由民権運動の進展と地租改正の関連。「衆議院と政府の対立」と明治憲法の規定、政党とその支持基盤、大正デモクラシーと原敬、二大政党の特徴とその変容、ファッショの台頭と政党の抵抗、美濃部達吉・吉野作蔵の影響力とその限界など、日本史の教科書レベルではなかなか理解が及ばないげとも、実は時代を考えるうえで非常に重要な事柄や視点が多く指摘されているように思います。

そうだったのか!と目からウロコが落ちる内容がたくさん盛り込まれていますが、そのうち1つを書き留めておこうと思います。
1936年2月26日といえば、2・26事件が起こった日です。このころの政治状況の分析として、朝鮮総督宇垣一成の当時の日記を引用して各勢力が「小キザミ」となってきている、と指摘、著者はこれを「一種の液状化」と表現しています。それを踏まえたうえで興味深かったのは、「これまでの通史ではあまり注目されてこなかった」という第19回総選挙の結果です。選挙は同年2月10日、2・26事件の一週間前に投票が行われ、翌日の選挙結果では、民意(25歳以上の成年男子に選挙権)は「左揺れ」であったということです。つまり、反軍国主義を明確にした民政党が大勝し、解散前に過半数の第1党であった政友会(陸軍皇道派と組み、美濃部達吉の天皇機関説を攻撃していた)は惨敗しています。また、合法的な社会主義政党である社会大衆党は、解散前の3議席から18議席に躍進しています。
歴史を後から見ていると、たとえば2・26事件などの大きな事件が起こると、その時代は軍部一色であったり、言論の自由がなかったりといった「先入観」を我々はもってしまいますが、それに対して、著者の、2月11日時点の社会を見落としてはならないという指摘は重要だと思います。1936年の2月11日、これは21世紀の今でも「建国記念の日」として祝日ですが、当時においては「紀元節」という祝日でした。このとき、ほんの6日後にあのようなクーデターが起こるとは国民は誰も想像していなかったわけで、国民はそれよりも政友会を含め「右揺れ」に傾く政治や軍部や世の中に対し、総選挙で「NO」を突きつけ、また資本家政党を批判する大衆政党が躍進したというその選挙結果に安堵ないしは希望すら感じていた冬の祝日であったのでは、と想像をたくましくさえしてしまいます。そういう時代の雰囲気というのを、僕たちはついつい見逃しているように思いました。
そして、2・26事件後の5月に召集された特別議会(憲法で、総選挙後に5か月以内に開催が義務づけられている議会)で、民政党を代表して政府の施政方針演説に質問を行った、あの有名な斎藤隆夫の「粛軍演説」が行われますし、翌年1月の通常議会でも政友会の浜田国松がこれまた有名な「腹切問答」を行う等、政党(議会)は政府に物申すべきことを物申していることがわかります。筆者が指摘するように、「危機」の時代ではあるが、この時期はまだ、議会や政党は機能しているのです。このことも見落としてはならない側面だと思います。
逆に言えば、歴史にあの時こうしていたら…というのはタブーですが、「危機」の時代は、「危機」の時代であって「崩壊」の時代ではなかったわけで、まだ議会や言論は機能していました。日中戦争から始まる悲惨な戦争は本当に防げなかったのか、と思えてなりません。それは、やはりこの時代の歴史を研究することがその答えを探す有効な方法なのだと思いますが、今の私たちも自分たちが戦後のどういう時代に生きているのかということを考える必要があるように思います。

日本近代史80年を考えるうえで、この本は多くの示唆に富んでいるだけでなく、著者が「おわりに」でのべておられるように現代の日本を考えるうえでも、この時代を振り返ることは重要であると改めて思いました。僕にとって、日本近代史を考える際に押さえるべき基本文献の1冊です。

2012年4月21日 (土)

ジャレド・ダイヤモンド『銃・病原菌・鉄』(下) 草思社文庫

しばらく空いてしまいましたが、下巻もよみました。

上巻で、家畜や穀物などの栽培植物などについて、すくなくとも僕にとってとても新鮮で衝撃的な事実を次々に提示して、読み手としてもどんどん惹きこまれたので、途中で中断したとはいえ、下巻も相当期待をして読み始めました。

最初のところで、文字についての文明論が展開されます。文字を持つ文化がどれだけ優位で、その文字についてもどれだけ利用者に便利なものであるかという点が、その文字を持つ人々の社会を発展させるうえで重要か、ということが具体例を持って示されます。

また、下巻では文化人類学的な側面からの記述が多いように感じました。

率直な感想で言えば、上巻を読んだ時の躍動的な(coldsweats01)感覚というのはあまりありませんでしたが、それでも、いくつかの点について、とても興味深く読みました。

ひとつは、アフリカについて。僕の認識では、アフリカのうち、サハラ砂漠より北のアフリカはいわゆるコーカソイドという人が住んでいて、サハラ以南についてはネグロイドが住んでいた、というものでした。もちろん、マダガスカルにはアジア系の人々が移り住んでいたのは知っていました。
しかし、実際にはサハラ以南には、ほかにもピグミーやコイサン族などネグロイドとは身体的な特徴を異にする人々が住んでいるということ、彼らはかつてはもっと広い地域に住んでいたはずだったが、バンツーとよばれる、今のアフリカのネグロイドの拡散により、居住範囲を狭められたこと。アフリカの歴史を本当に何も知らないなというのを、改めて思い知らされました。

それから、ニューギニアの人びとと、アボリジニたちとの関係や、ニューギニアの中での低地に住む人たちと、高地にすむ人たちの関係やそれぞれの生業の違いなど、まったくといっていいほど知らないことばかりでした。中国あたりから人々がどのように移動して、それがどのような人口移動の現象を起こしたのかなど、身近な地域の歴史でありながらほとんど知らないことに気づきもしました。

本書を読む前に読んだ杉山正明さんの著書のおかけで、中国の歴史に対する見方がかなり「柔らかく」なったのではないか、と自分では思っているのですが、こういった事実も、「柔らかい」頭で考えることで、新しい視角が見えてきそうです。

以上、ここまで、マクニールの世界史、杉山さんの遊牧民の歴史、そしてジャレド・ダイヤモンドの本書と世界史の大作三部・5冊を読み切って、うん、間違いなく、読む前と読んだ後で見えてくる世界が違う、と言い切っちゃってよいのではないか、と思えるくらい、世界が変わって見える気がしています。

各歴史ではなく、「世界史」や「人類史」を学ぶ醍醐味って、こういうところにあるんだろう、と納得しながら、ここ2か月にわたる世界史の旅を終えることにしようと思います。

ふたごのタマゴ

何年かぶりの、Photo


小さな幸せhappy01

2012年4月20日 (金)

ソメイヨシノの後で

例年より遅咲きのソメイヨシノは、4月下旬になってもその枝に花びらを付けているすがたを見かけますが、さすがに散らした花びらの方が多く、ほとんどは葉桜のころを迎えようとしています。

昨日、NHKのニュース9で、京都の嵯峨野の「桜守」のおじいさんについての取材を放映していました。その園芸職人の「桜守」がいうには、桜にはたくさんの種類があり、そのなかで自然の交雑が複雑に行われ、桜の種類は豊富なのだそうです。地域によってもその特色がそれぞれにあるものだ、と。翻って、今は全国どこに行ってもソメイヨシノばかりで面白くないのだと。
ソメイヨシノは、よく知られいる通り、江戸時代に「開発」された品種で、種子をつけないために接ぎ木によって苗木がふやされていく、「人によって作られ、人によって殖やされていく」という人工的な品種と言えるかもしれません。

僕の感覚は、あまり周囲からの理解を得られないのですがcoldsweats01、ソメイヨシノの花見は、次の理由から、あまり好きではないのです。
・公園などに植樹されて、一斉に咲き、一斉に散る「人工の花」ソメイヨシノの美しさは、春の訪れを知らせてくれるし、明るさや温かさを運んでくれるのですが、やはり、自然というよりは「自然」を人為的に演出しているように思えてしまうこと。
・ソメイヨシノに対する日本人の意識があまりに強くて、それにすこし気持ちが引いていること。
・ソメイヨシノの下での花見をする日本人の中で、最近とくに焼肉やBBQをする人たちが増えていること。煙とにおいを周囲の人にまき散らしても、自分たちが楽しくにぎやかにおいしいものを食べることができればいい、という感覚とそれを許している感覚がどうも僕には受け入れがたいようです。

「桜に対するこの情緒は、日本人独自で、外国人にはわからないんじゃないですかね」、とすこし誇らしげにコメントする識者もいますが、必ずしも肯定的な側面だけではないような気がするのです。

ソメイヨシノは、決して自然のたまものではなく、日本社会に生まれ日本社会に根付いて、日本社会で繁栄を極めている1品種で、その社会のある側面を色濃く反映しているので、それが見えてしまっている(ないしはソメイヨシノにその姿をだぶらせてしまう)人間には、すこし敬遠されてしまうのかもしれません。

なので、僕は桜が嫌いというのではなく、愛でたい桜というのはあるのです。
1本だけ、凛と20120420_5立っている枝垂桜。枝垂桜といってもいろんな種類があるのですが、僕が昔好きだった枝垂れ桜は、学校の校庭にいっぽんだけ生えて、すこし赤みの強い花をつけていました。校舎の建て替えとともに、その木も伐採されたので、今はもうないのですが、今でも、春になると、そんな「孤高の桜」を探すともなく探しています。

近所で見つけた枝垂桜。まだ若いです。それからいつのまにか、桜からツツジに花のバトンは移っているようですね。山の斜面には、葉桜になったソメイヨシノを包むように山ツツジが鮮やかに咲いてました。

2012年4月18日 (水)

祝・ブログ開設1周年

昨年4月19日に開設したこのブログ、丸1年がたちました。

記事の数、これを含めて132。この1年はうるう年なので366日。およそ3日に1回のペースで書いています。われながら、よく書いたもんだと思います。おかげで、この1年、日記なんてつけないのですが、何があったのかを思い出すとっかかりになりそうです。
かつて、沢木耕太郎さんが『深夜特急』を書いたとき、ずいぶん前に行った旅行のことを詳らかに記述できたのは、友達に送った手紙を友達が大切に保管していてくれたことと、お金がなかったので出納メモをちゃんと書いていたことのおかげだと書いていたのを思い出します。
ひとつの事実を思い出すと、連鎖的にいろんなことが思い出されるということはよくあるとおもうのですが、それらを記録にとどめることができるので日記をつけることは大切なのだと、あらためて思いました。

ところで、表示されているカウンターの数字+40というのが、開設してから訪ねてくれた数です。それによると約1700。1日当たりのべ4.5人というところでしょうか。

ココログでは、ランキングがわかるようになっています。だいたい僕のような1日10件見に来る人がいるかどうかというのであれば、2万~3万番目という程度です。とくに僕がブログをしていることをほとんど誰にも話していないので、そういう意味では、読んでいただけたかどうかは別として、アクセスをしてくださっただけでもありがたいことのように思います。

ちなみに寄せられたコメントは、1つ。そのコメントに僕が返事をしたのが1つ。

考え見れば、自分の考えたことを押し付けがましく書いているので、コメントがないのも合点がいきます。

また、明日から書き留めておきたいことを、時々綴っていこうと思います。

2012年4月17日 (火)

重松清『ステップ』

『疾走』を読んで、しばらくは重松さんの作品を「封印」しよう、とおもっいたのですが、先日、文庫化されたのを機に、買ってしまいました。

結婚生活3年、1歳のこどもを残して、妻・朋子さんが亡くなります。そこから父ひとり・娘ひとりの二人暮らしが始まるのですが、物語は、保育園に入るの時、5歳の時、小学校1年生の母の日、小学校5年生、そして小学校卒業という、ピンスポットで女の子とその父親の成長していく姿が描かれます。そのなかで、そのときどきに主人公・健一と出会う女性たちが描かれます。

あとがきで著者も書かれていおられますが、「ステップ」には、stepfather,stepmotherといったように、「義理の(血縁のない)」家族関係を示す言葉の接頭語としても使われます。
この物語では、主人公である健一と娘の美紀だけでなく、朋子さんの両親、子どものいない兄夫婦、おばあさん、といった、健一から見たら「ステップ」的な関係になる人々も出てきます。妻がなくなってから、いっそう深まる絆が描かれます。おそらく、その絆は、一人娘の美紀がいなければ薄っぺらいものなる性格のものです。

健一が再婚したら、この「ステップ」ファミリーと健一・美紀親子との交流はこれまでのようにはいかない。けど、いつまでも父と娘の2人だけというわけにもいかない。中学生になる娘にはやはり母親は必要だと思うけど、「新しい母親」を美紀が受け入れるのだろうか。
いろんな葛藤があって、一方で娘の成長があって、戸惑いながらも一歩ずつ前に進んでいく健一と、それを後押しする「ステップ」ファミリーの姿が生き生きと描かれます。

家族ってなんだろうか。いろんな形はあるんだろうけど、ここにも思いやりにあふれる優しい、素敵な家族がいました。

2012年4月16日 (月)

杉山正明『遊牧民から見た世界史増補版』レビュー3

ようやく完読しました。その2のつづきです。
中国のいわゆる五胡十六国、隋、唐、いわゆる五代十国、宋、遼、金、西遼、そして元を頂点とするモンゴル帝国と、「遊牧民から見た」歴史が叙述されていきます。

著者が、本書の冒頭から何度か触れていますが、言葉の持つイメージに気を付けなければならないということを改めて思い知らされました。「遊牧民」であったり「西域」「辺境」「砂漠」そのほか「匈奴」などもそうかもしれません。言葉がイメージをつくり、そのイメージが固定されて僕たちの先入観になっていきます。

もともと特定の状況や現象をある言葉で表したものの、その言葉がその状況や現象のみを示す言葉として万人に認知されるということは、まずないでしょう。歴史を叙述するというのは、ただでさえ、叙述する側の意図や意思が色濃く反映されるものですが、やはり言葉そのものが、イメージを固定化させる役割を果たしていることに改めて気が付かされます。

また、「わかりやすい構図」で歴史をとらえると、説明しやすかったり、イメージしやすかったりします。でも、その「わかりやすさ」には必ずと言っていいほど落とし穴があるというのを、著者も指摘されておられました。僕も常々そう思っているので、「わが意を得たり」と心持をつよくしました。

モンゴル帝国について、「残虐性」よりも「商業・流通によって栄えた史上最初の世界帝国」という評価が、著者をはじめとする研究者の方々のご努力によって、ここ20年くらいの間にかなり浸透してきたように思います。そのなかでも特に印象的だったのは、雑多でいろんな人々が「モンゴル」として結束していく様子、フビライによる大都(現・北京)の建設、ウイグルの人たちとモンゴルの関係や、このときのウイグルと現在の新疆ウイグル自治区の人びととの関係、モンゴルが実際に戦争をした時には負けることも多かったというエピソードなどでずか、新しい知見や新しい視角が随所にちりばめられています。

20世紀末に書かれた本書は、最後の部分で、翻って現代の国家について叙述されます。とくにアメリカについて。それが書かれたのは、9・11の同時テロの前ですが、現代に置き換えても、十分に通用する国家論だと思います。

今年読んだ本の中では、もっとも刺激的な1冊になりました。

2012年4月 2日 (月)

杉山正明『遊牧民から見た世界史増補版』レビューその2

まだ、完読していないのですが、その2です。

半分くらいまで読んだところです。ここまで読んでも、前回書いた内容以外にも、多くの全然知らなかったこと、今までまったく持てなかった視角がたくさん盛り込まれています。

古い時代の記述から始まるのひろので、まだモンゴル帝国までは話が進んでいません。でも、「騎馬民族」スキタイとはどんなものだったのか、どのあたりにあったのか、目からうろこでした。
さらにアケメネス朝ペルシャについては、もともと遊牧民の国とは思っていませんでしたし、ギリシアのデモクラシーに対して、アジアの専制国家、というくらいにしか思っていませんでしたが、ダレイオス大王という人の業績に改めて驚きました。
さらに、匈奴についても今までは前漢との関係について、「中国本土」の視点から見た知見を少しばかり知っている程度でしたが、本書が描く匈奴像であらためて同時代のアジアをながめると、よりリアルに、立体的に描けるように思いました。

「西洋中心思想」や「中華思想」にかわって「遊牧民中心史観」ではないか、とも言われそうですが、それぞれの視点から複眼的に描くことができる方が、より立体的で生き生きしたものになります。その視点を与えてくれた本書は、とても貴重で、この先、通勤電車の中でまた読み進もうと思います。

2012年3月31日 (土)

杉山正明『遊牧民から見た世界史増補版』レビューその1

順番からすれば、ジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』の下巻の話を書くべきなのですが、割り込みで、別の世界史の本を。

本書も、先日、八重洲のブックセンターで特集されていた世界史シリーズのひとつとして平積みされていました。杉山さんの著書では15年以上前に、中央公論社の世界の歴史(9)「大モンゴルの時代」(共著)を出しておられ、それを読んだのが最初でした。本格的に読むのは、本書が2冊目coldsweats01 なかなか読む機会がなかったのですが、今回、my世界史ブームの波に乗って、本書を購入しました。

全部読んだわけではなく、そのために「その1」としました。ただ、記述はとても平易で、ジャレド・ダイヤモンドよりも読みやすいです。訳書でないこと、日本人が日本人向けに日本語で書いていること、というのが、最近、訳書つづきの僕にとって、わかりやすさの大きな要因の一つであるように思えます。やはり、「言葉は文化」なんですね。もちろん、わかりやすい説明をされておられる、著者の文筆力は大変なものです。

さて、内容ですが、かつてこのレビューで取り上げた『新しい世界史へ』で指摘されていたように、西洋中心史観でなく、「文明」中心史観でもない、とても新鮮な視点で描かれています。本書と、ジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』と並行して読むと、相乗的に立体的な「新たな」世界史像が描けそうな気持になります。

実は、全体の2割もまだ読んでいません。しかし、本書の冒頭に非常に重要な指摘があるので、紹介したいと思います。

「騎馬民族国家」という観念について疑義を投げかけているのですが、そこで改めて我々がイメージする「民族」とか「国家」というものの観念(イデアと言ってもよいかもしれません)についても触れておられます。
国民国家、ネイション・ステイトという19世紀に西洋で登場し、現代のわれわれがイメージする主権国家の概念は、絶対的なものではなく、あくまで一つのパターンにすぎないという指摘がなされます。さらに、日本は西洋型の「ネイション」「ステイト」「民族」「国家」「社会」「領域」などが西洋型の「ネイションステイト」が本来意味する以上に過度に当てはまりすぎた、と鋭く突いておられます。

同書の記述に、世界地図が国ごとに色分けされていることについても触れておられますが、やはりこのことについて改めて考えることはありそうです。これらのことが、僕が常々考えていたことに大きなヒントを与えてくれたように思いました。
というのも、竹島とか尖閣諸島、国外でも領土問題のことでニュースになるたびに国境ってなんだろうかと考えさせられてきたからです。なぜ、地球上のあらゆる陸地(南極を除く)がどこかの国に属しているのか、そのことにどれだけの意味があるのか。もちろん、領海や200カイリの排他的経済水域という「利権」が横たわるシステムが各国の共通認識になっていることが大きいのですが。それにしても、たとえば竹島の問題を考えましょう。日韓両国が領有を主張して、いまは韓国が実効支配をしている状態です。それに対して、日本は教育などあらゆる手段で、日本の領土であることの正当性、韓国の主張の不当性を訴えて、日本領であることを国際的にも主張します。
ときには、そういった行動ののち、両国の自治体・民間レベルの交流(学生の相互交流や姉妹都市関係)が中断されたり、ということもありました。僕の記憶が確かならば、この問題で両国がぎくしゃくしているときに、韓国では日本に抗議するという名目で焼身自殺を図った人もいたように思います。そして、両国民の間に、お互いに対する憎悪が生まれるのです。
領土問題があることは、厳然たる事実ですが、解決することはほとんど不可能です。なぜならば、こういう問題は、間を取ることはできないからです。その島がどちらの国のものになるのか、というのは、問題の解決に勝ちと負けを作ることを意味しますし、それは国家としての敗北とみなされかねません。両国の両属などというのは、安易な妥協として批判の的になるでしょう。白か黒かはっきりしない、グレーのものとして、これからも主張しあいそこに問題があることを認識し続けることしかできないのではないでしょうか。

ただ、改めて冷静に考えると、すくなくとも僕の人生において、あの島がどちらの国のものであったとしても、ほとんど影響がないのも事実です。おそらく僕以外のほとんどの国民にとってもそうだと思います。仮に影響があるとすれば、こういう問題について敏感な、ナショナリズムを標榜する人たちが、あの島の帰属問題に腐心し、相手国や僕のような考え方を持つ者への憎悪の念や怒りの念を覚え、それがために攻撃的な言動にでる、ということでしょうか。しかし、彼らとて、世に中にそんな問題がなければ、そのような相手を責めたり、怒りを覚えたりする必然性はないわけです。

何が言いたいかというと、この「国民国家」という枠組みがもたらした恩恵は確かに大きいのでしょうが、一方で、この「国民国家」という観念によって、世の中に現在でもたくさん不幸を生み出している、ということです。それは、現代に生きるコストだと、引き受けるべきリスクだと考えて、納得するのも一つの整理ではあると思います。しかし、国境ってなんだろうか、国家とはなんだろうか、「国民国家」とはどんなものだろうかともう一度考え直してみることは、意味があるのではないでしょうか。

その意味で、本書は西洋的な「国民国家」を作った人々とは真逆と言っていいようなところに位置する遊牧民からみた歴史ですので、刺激が多いのではないかと期待しています。
ジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』とともに、現代のしくみや文明を人類の歴史の中に「相対化」したいと考える人には、多くの示唆を与えてくれるように思います。

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